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千太郎、一周忌 [千太組]

昨年の今日、午前7時23分、千太の心臓が止まりました。ほとんど苦しむこともなく、穏やかな最後でした。いや、本当はずっとずっと苦しんでいたのかもしれないけど、朝目覚めた私の目の前にいる千太は、すでに天国への階段を1段ずつ上っていくところだった。もう手の施しようもなく、私は百寿幸と共にただ彼の体に寄り添い、頑張った彼を褒め称え、優しく撫でながら「優しいセンタマン、かっこいいセンタマン、センタマ~ン」と自作の「千太のテーマ」を歌うことしかできなかった。

19歳8ヶ月。もうあと4ヵ月で20歳だった。一緒に成人式を祝おうって言ったのに・・・。

それでも千太は私との約束を守り、私に最後の別れの挨拶をさせてくれた。苦しかったろうに・・・待っていてくれてありがとう、千太。

千太との出会いは忘れもしない1985年5月6日午前3時頃。通い猫だったクロキジ母さん(ミルクと名付けた)が急に枕元で産気づいた。何もしないミルクの代わりに私が産婆役を買って出た。羊膜を剥ぎ、へその緒を切る。死産も含め茶白2匹、茶トラ1匹、計3匹の子猫が生まれた。生き残ったのはたった1匹。茶トラ。

母猫は母乳もほとんど出ない、出産できるまで成熟しきっていない幼猫だったらしい。だからまさか子供を孕んでいるなど思いもしなかった。野良だったため栄養失調で貧しい母胎だった。生まれた子猫もネズミの子のように真っ裸。生き残った子猫も育つ保証はまったくない。

4日目の早朝。5月9日。母猫のミルクがベッドの下から子猫をくわえ、枕元に置くと外へ出せとしきりに鳴いた。丸3日間ずっとベッドの下で子育てしていたから、気分転換に散歩したいのだろうと窓を開け外へ出してやった。毛が生えそろわないガリガリの子猫を置いたまま、ミルクはそのまま2度と戻ってはこなかった。

お腹にジクジクした不気味な赤いシミがあったミルク。センセに後で聞いた話だと、恐らく子宮内に死んだ子猫が残っていて、その子がお腹の中で腐敗し始めたのだろう。自分の命もそう長くはない。だから子猫を私に預けて死場を求めて出て行ったのだろう。

千太郎という名前の由来は、当時民放で放映されていたアニメに出てくる黒猫で、また旅物の三度笠と合羽を着て「東京音頭」を踊る仙太郎から頂いた。いくら星野仙一好きの私でも、仙太郎だとあまりにもやくざっぽいので千年万年長生きするように千太郎にした。

当時まだ会社員だった私は、近所の獣医師に事情を説明し協力を要請した。その医師は、朝一番に預けたら、帰り時間がどんなに遅くなってもいいから毎晩必ず子猫を迎えに来ることを条件に離乳できる1ヶ月まで協力してもいいと言ってくれた。これがセンセとのお付き合いの始まりだった。

生まれて1ヶ月目頃まで、写真を撮る暇などありゃしない。子猫時代の千太郎は最後まで鼻の頭と両足に毛が生えそろわない耳のでかい変な顔のお子だった。

だからなんとしてでも、がりがりの痩せっぽちを「およねこぶ~にゃん」のようなブタ猫にしたかった。お陰で最高7キロ近い巨体の持ち主にまで成長した。

生まれてから1ヶ月近くまで極度の栄養失調だったにも拘らず、ずっと病気知らずだった千太だが、一般食が体に合わずよく下痢になり、挙句の果て3歳と5歳の時、尿路結石を患った。療法食で完治したと思ったのに・・・。結果、これがその後の千太の猫生を左右することになる。

その頃はまだ「腎不全」という恐ろしい病気のことなどまったく知らなかった。食事管理、健康管理に関して全く無知だった。

6歳になるか、ならないかの千太がとうとう腎不全になった。この世を去る19歳8ヶ月までの約14年間で、膀胱炎、腎不全に関しては嫌というほど勉強させてもらった。全部千太が自分の命を削って教えてくれた。お陰で今年18歳になる百次郎は今のところ病気一つせず元気でいる。

腎不全が発覚して約12年間は特別な治療はせず、ただ療法食を食べ続けた。

11歳の頃、口腔内腫瘍を切除。切除したものを大学病院で検査してもらう。良性腫瘍だった。原因は不明。

12歳の頃、細菌性胃腸炎になった。原因は腎不全の進行による免疫低下。この頃から再度、繰り返しの血尿、細菌性膀胱炎に悩まされ続けた。

16歳になり、私が会社を辞め在宅業務になると、ホッとしたのかそれまでずっと我慢していたものがドッと吹き出すように病気が急激に進行し始める。食事を食べなくなったり、頻繁に嘔吐し始めたり、異常なほど我侭になったり。体がめっきり弱くなった。通院する回数が急激に増え始める。

17歳の頃、巨大結腸症と判明。あれだけスルスル快便だったのに、それからずっと便秘に悩まされ続けた。最初は下剤で凌いだが、薬も効かなくなると摘便に変更し、晩年は3日に1度の割合で摘便通院。

18歳になり、療法食だけの治療に限界が見え始めた。延命治療のため、ここから吸着炭と輸液を追加。

19歳になり、尿毒症が進行し、静脈点滴も経験した。癲癇発作もたびたび発症。免疫力、体力低下。低体温。輸液後、体温が急激に低下し動くことが出来なくなった。FVRキャリアのジュサ坊から風邪をもらい、どんどん悪化。死ぬまで治ることはなかった。

だが、最後まで歩いていた。粗相したのは数えるくらいで、トイレにしっかり歩いて行き用を足した。だからこそ辛かった。動けば動くほど背骨が皮を突き破る。安楽死の文字が脳裏に浮かぶこと数多。千太自身の意思で脱皮して欲しかったので、願いが叶い心の底からありがたいと思った。

歯も1本も抜けなかった。定期的な歯石除去が功を奏したのだろう。

それまで尿路疾患の療法食だったが、6歳から腎不全の療法食に替え、食慾廃絶が始まるまでの12年間、ずっと嫌がることなく食べ続け、短い期間を除いて療法食一筋だった。せめて死ぬ前は一番好きなものを食べてもらいたい、とせっせと魚や肉を皿に盛ったのだが、結局、末期の食事として口にしたのはキドニーケアのふやかし食。それをたらふく食べて旅立った。

虹の橋のカフェテリアで生前一番長く食べていた「k/d缶大盛り」をオーダーして、周囲を困らせてやしないか心配だったりする。でもこの前の新年会の席上でひぴさんが、「きっと千ちゃん用にって療法食がメニューに追加されてるよ、きっと」と笑ってた。千太のように療法食が大好物の猫さんもいるに違いない。そんな猫さんのため、『療法食はじめました』という張り紙が、虹の橋カフェのドアにひらひらたなびいているのか?その光景を想像したら、あまりの可笑しさに思い切りお腹を抱えて笑い転げちまった。

千太はなんでもよく食べ、激しく遊び、やんちゃで陽気で元気で男気のあるいい男だった。あまりのやんちゃぶりに、ごめんなさいと鳴くまで、何度あいつを仰向けにし、首根っこを押さえ、羽交い絞めにしたことだろう。夜中、あまりの騒々しさに、何度あいつを玄関外へ追い出したことだろう。あいつが反省してごめんなさいと戸口で鳴くまで、決して入れてやらなかった。

そうかと思えばある夏の夜、以前住んでいたアパートに痴漢が出たとき、状差しの隙間から部屋の中を覗く男の眼に向かって、一直線に向かってゆき「シャ~~~ッ」と威嚇して追い払ったという武勇伝の持ち主でもある。

それまではどちらかというと引っ込み思案で、お客様が来ても私の後ろに隠れて縮こまっていたような気弱な奴だったが、痴漢騒ぎのあとは、どんな相手であろうと足音が近付くと、必ず私よりも前にドアの前に座り、私を守ろうとするような素振りを見せるようになった。この頼もしい行動は、死ぬ1ヶ月前くらいまで続いた。どんなにか体が辛かったろうに。

抱っこは嫌いだが私のそばにべったりくっ付いているか、視線の届く範囲にいるような超甘えん坊だった。

短いカギ尻尾はよ~くお喋りした。名前を呼んだり、話をすると必ず尻尾をピコピコ動かして返事をする。

静かな闘志を胸に秘めた男の中の男だった。我慢強い性格で、尿毒症が進行したために食慾廃絶になった時、療法食缶詰を強制給餌しても絶対に嫌がらない。生まれて初めての慣れない介護。シリンジでリキッドタイプの療法食を与え、気道に入れてしまい千太を何度も殺しかけた。しかし、辛い顔をした千太をほとんど見たことがない。いや、本当は辛い表情をしていたのかもしれない。が、まったく覚えていないのだ。辛い顔をした千太の記憶がまったくといっていいほど消えてしまっている。
今でも鮮明に覚えているのはじっと見つめる澄んだ瞳。
ふわふわとした柔らかい猫っ毛とあま~い体の匂い。
涙を一杯受け止めてくれたあったかい胸。そういえば、私が胸を借りて泣くといっつも溜息をついてたっけ。

弟分の百寿幸を愛し、存在を認めてくれた千太。3匹も千太を敬い、愛し、そして最後まで傍を離れず、いつも守ってくれた。

染六が参加し、新生「千太組」になった今も、きっといつも見守っていてくれているはず。

脱皮して透明猫になった千太。会いたい。ぎゅっと抱きしめたい。お喋り尻尾とお喋りしたい。甘い香りのするあったかい胸に顔を埋めたい。

この世を旅立った相手に執着して「見守ってくれ」などと頼むと成仏できないそうな。

あの世で会った時に、恥ずかしくない生き方をすることが一番の供養になるそうな。

この1年、全く忘れたわけではないけれど、忘れることなどできはしないけれど、それでもどんどん忘れてしまっていることが沢山ある。千太が脱皮して1年しか経っていないというのにも驚く。もっと遠い昔のことのように思えることがあるのだ。私にとって生きているというのは、生きてこの世で生活するということ、暮らしを営んでいるということは、どうも旅立った存在を忘れることらしい。

千太のことをどんどん忘れていく。でも全部忘れるのではない。千太のエッセンスだけは永久不滅にして絶対的なものとして、心の中に残るに違いないのだ。

「ここにあるのは千太のユニフォームであって千太自身ではない。ボロボロに着古したユニフォームを天にお返しするだけのこと。脱皮した千太は透明猫になり、これからも元気に生き続けるのだ」

1年前の今日、1.5キロまで痩せ細り、背骨が突き出たボロボロの亡骸の前で、私はそう確信した。

1年か・・・もう1年?まだ1年?どちらも当たってる。

千太、私も百寿幸も元気だよ。染五郎と六輔ってお前からの贈り物だよね。凄く元気に育ってる。やんちゃ坊主でね。お前に似て凄くいい男に育つと思うよ。安心してね。

もしかして、染か六ってお前の生まれ変わり?なぜかそういう気がしてならないの。

生きてるお前と脱皮直後の2度に渡って会いに来てくれたMayu-☆さん、荼毘に立ち会ってくれたmoomama、脱皮して幸せそうに花畑で微笑む千太を描いてくださったひぴさん、大阪にお住まいなのに、いの一番にお花を届けてくださったねこまたさんを初めとして、お前が画策したとおり、ビックリするくらい沢山の猫馬鹿さんたちとお知り合いになれたよ。みんなお前が大好きだってさ。よっ、色男!いいね~、もてちゃって!

こうやってブログも立ち上げた。毎日何書こうか頭抱えてる。でも結構楽しいよ。

千太、本当ならもう土に戻ってるはずなのに。ごめんね。ちょっと遅れてる。

こんなことしてていいのかな~。この先どうなっちゃうのか、まったくわからない状態が続いてるけど、なんとか出口を探すから。

歯がゆいだろうけど、もう少し待ってて。

大好きだよ、千太。

愛してる。

今日は1年前と同じく冷たい朝だ。部屋を暖かくしてみんなでドンちゃん騒ぎして楽しもうな!


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共通テーマ:日記・雑感

千太組増殖(^_^; アハハ… [千太組]

はい、はい。

昨夜から今日にかけて、我が家はまるで「電車男」のような大盛況振りですな(笑)

恐らく何人かの猫馬鹿さんは、昨夜からずっとソワソワ、ドキドキ。胸をときめかせながら、寝不足気味で、この報告を心待ちにしておることでしょう。

しか~し、当の薫の頭の中は真っ白!!

「これってど~いう~ことぉ?ど~しろっていう~のぉ~?」

なぜにパニクッテルのか???

さて、さて頭の中を整理し、クールダウンするためにも、ではまず、事の発端から順にお話しましょうか。

16日の猫馬鹿隊ミニオフ会の翌日、ただただダラダラと野郎共と過ごしておりました。そんな中、何の気なしに以前からずっと見ていたとある動物病院の里親募集サイトを覗いた所、大好きな茶トラだ!それも三匹!!♀2匹、♂1匹?

ど~する・・・

千太が脱皮してから9ヶ月。いつか千太は戻ってくる。その時は、相手がどんな形になっていようときっと一目でわかるはず。だが、その外見はおそらく茶トラに違いない。

何故だかわからないが、そう確信していた。

仕事の行き帰り、耳をそばだて、目を凝らし小さな影を捜し求め、ネット上の里親募集、特に何故かいつも気にしている或る動物病院に細心の注意と関心を傾け、不思議だが、もしその病院に茶トラの仔猫が来たら、その時は里親として立候補しようと心に決め、運命の出会いを待ち続けました。

が、やはりご縁ですから、そう易々とは出会えない。その動物病院にはそれまで大勢の里親を待つ仔猫たちがいたのに、千太が脱皮して以来ずっと長い間、ウサギや成猫の募集が1件ずつあっただけ。仔猫の里親募集は何故かパッタリとストップしていた。

そうこうする内に両親の介護のために帰省することが決まり、仕事も16日で終了。

やっぱり、ご縁はなかった。。。いいさ。

ところが、家にずっといることになったと同時に、その病院に仔猫の里親募集が!それも茶トラ!

猫神様も優しいお方だ。出会いの時期を、仕事に追われている時ではなく、あとは帰省するだけという、時間にも心にも余裕のある時期に設定してくださるとは。

みなさんがご覧になった一番上の1匹だけ写っている仔猫は、別の里親サイトで9月15日に掲載され、その時から気になっていた子だが、何故か保護主さんに連絡せずに終わった。

下の3匹の茶トラトリオが今回、その病院に久々に掲載された仔猫です。

ただし、どの仔が雄か雌か説明がなく、所定のメールで申し込み、病院側がOKした人にしか返事を出さないとのこと。

早速メールで申し込む。その日の夕方、待ちに待った返事が来た。

「女の子1匹は今日、貰われていきました。男の子をご希望のようですが、あとお一方、男の子希望の方がいらっしゃいます。当方は予約を受け付けません。先着順ですので、ご了承ください。もしお引取りされるのでれば、キャリーと誓約書への捺印の為の認印、そして身分証明書をお持ちになり、早めにおいでください。スタッフ一同こころよりお持ちしております」

サイトには、日曜の診療は午前10時から15時までとなっている。

「では、明日の午前中にお伺いいたします。もし男の子が別の方に貰われていった後でしたら、諦めるか、それとも残った女の子を我が家の野郎猫集団の紅一点として迎え入れるかは、彼らと会ってから決めたいと思います」

探していた時にはご縁がなく、諦めようとした時に突如チャンスが訪れ、恐らく♂♀関係なく、この3匹の中の1匹を我が家に迎え入れることになるだろう。悩みも躊躇もまったくなかった。決まる時ってこうやって一瞬時にして決まるのね。。。

そして、今日の朝。バスで三軒茶屋まで行き、電車に乗り換え、揺られること30分。そして徒歩10分。小一時間かけてその病院まで行きました。

その病院、個人病院ではあっても設備が整っていて、中々綺麗で立派な病院でした。

空いている診察室に通され、手を消毒。奥から「ぴゃ~、ぴゃ~」なんともいえない可愛い鳴き声が徐々にこちらへ近付いてくる。看護師さんが男の子と女の子1匹ずつを抱えて入室。

全茶トラが女の子。茶白が男の子。想像していた通りだ。茶白はお姉ちゃんたちに栄養を全部取られたような毛がまばらで、痩せてて、雌より一回り小さな垂れ目の子。ウンチが柔らかめらしく、シッポやお尻周りにくっついてる。うんちくさい(爆)この仔、きっと売れ残る!

それに比べて女の子の全茶トラのなんと可愛く、肥って丸々していることよ!足も大きい!この2匹が並べば、普通ならこの女の子を連れて帰りたいと思うだろう。

だが、私のそばまで来てじっと見つめるのは茶白だけ。茶トラは遠巻きにして中々寄り付かない。

私を見つめるつぶらな瞳、この痩せこけた体、まばらな毛並み、年齢より小柄な体、♂ながら優しげな表情、だがどこかしら凛としている・・・千太だ!

はい、染五郎で決まり!

美形の女の子は放っておいてもすぐに家族が出来るだろう。男の子が欲しいと言っていた方も最後には、性別は問わないって仰っていたそうだから、きっとこの仔はその方の家族になるよね。きっと!

諸手続きを済ませ、名残惜しそうな看護師さんと院長先生、そして1匹残った茶トラちゃんに別れを告げ、茶白を我野郎猫代々使用しているスヌーピーのプチリュックに入れ、家路を急ぐ。

バスを降り、近道の公園を横切る。

「ぴゃ~、ぴゃ~」

は?なんだ?

声のする方向に目を凝らすと黒い小さな塊。

まだ2週間経つか経たないかの黒い仔猫が草むらの中でうずくまり、声を限りに鳴いていた。右前足に乾いているとはいえ傷がある。

チビの声に答える様に、リュックの中の染五郎が盛んに鳴きだした。

それにしても・・・

きちゃない・・・

黒毛だけど汚れるとわかるのね・・・

遠くでカラスの鳴き声。

このままにしておけばカラスの餌食確実。

千太、猫神様・・・これって・・・

ひょいとつまみ上げ、リュックの中へ放り込む。

ミルク飲みの手乗りニャン一丁拉致!

いいよ、いいよ、もうどうにでもなれって!!

チビクロがクシャミ連発・・・オイオイ・・・風邪かよ!

大急ぎで帰宅するとまず2匹ともお風呂。お湯がすぐに真っ黒(笑)

そして、体重測定。

染五郎=400グラム

チビクロ=150グラム

さ~て、お食事ですよ!

染五郎はお湯でふやかしたヒルズのグロースとミルクをゲル状にしたもの。

チビクロはミルク。

お二人とも完食。

千太組に入るためには「食慾魔神」でなけれなばらないが、2匹ともかる~くパス!

おめでとうございます、合格です!( ^-^)ノ∠※PAN!。.:*:・'°☆。.:*:・'°★°'・:*オメデトウ ♪

午後から2匹を連れて病院へ。夕方まで預かって貰って検査してもらったが、なんせお二人ともウンチが出ない・・・ウンチが出ないとお腹の中がわからないし、栄養状態もわからないので、とり合えずチビクロのための抗生剤と傷薬を処方してもらう。

クロの足の傷だが、足の関節辺りに切り傷があり、そこからベロンと一皮剥けたらしい。前足の甲の部分は乾いて、新しい皮が出て来たが、関節部分は剥けた皮が一箇所に寄り固まり硬くなっている。その下がどうなっているのか・・・感染症を起こしているのか、いないのか・・・とり合えず処方された抗生剤でこれ以上の悪化を防ぐしかない。あとはよく食べ、良く眠って健康で丈夫な体を作るしか術はない。

さて、このチビクロは野郎か女子か?私はてっきり♂だと思っていた。いや、信じていた。

が、病院での診断では「限りなく♀に近いが、まだ確信はない。はずれてたらごめんね~」

いえいえ、この仔がたとえオカマだろうと全く構いません!

そうですか、まだわからないんですか・・・もしかすると女の子なんですか・・・そうですか・・・じゃ、六輔じゃまずいですよね~。あはあは(泣)

で、留守だったセンセの代わりに診てくれた奥様曰く「染五郎ちゃんもね・・・もしかすると女の子かも・・・まだ、はっきりしないのよ~。多分♂だと思うんだけど・・・ごめんね~、まだはっきり言えないの~」

w(☆o◎)wドヒャ-・・・ヘ(^^ヘ)))。。。フラフラァ・・・_(.・)/ドテ・・・

でも保護した病院では♂だって言ってたよ~・・・むにゃむにゃ。

千太が・・・生まれ変わった千太が・・・もしかして・・・お・ん・な・・・あはあはあはあは・・・人生ってこれだからやめらんないのよ~。。。じゃぁ、染五郎も女の子の名前考えとかんとね~。

もしも、2匹とも♀なら、今までの野郎の名前に全く関係ない可愛い名前にします!キャサリン、イザベラ、オスカル(?)とか・・・花ちゃんとかもいいなぁ~。うふうふ・・・子育て楽しい!

千太、お前、生まれ変わって一緒に熊本へ帰りたかったのか?

あまり急ぎすぎて女の子に生まれ変わっちゃったかもよ?ま、いいけどさ~、どっちでも。

で、お前が一緒に育てろっていうチビクロって誰?想定外なんだけどぉ・・・それに、これも野郎かどうかはっきりしないし・・・ま、どっちでもいいけど。

お前たちさ、このタイミングに合わせる為に相当焦ったみたいね~(笑)

染五郎(性別確定までの仮の名)2005年8月1日生まれ(推定)

六輔(性別確定までの仮の名)2005年9月1日生まれ(推定っていうか看護師さんが「向こうが1日生まれならこっちも1日生まれにする?キリがいいから・・・」って言って勝手に決められた)

で、百寿幸はというと、代わる代わる顔を出してはシャ~フ~言っとります。が、染五郎も負けずシャ~フ~言っとります。頼もしい!


今日はお盆の入り [千太組]

迎え火は焚かないけど千太が帰ってくる日。

昨日はいち早くのりままの御宅へお邪魔したらしい。ぴーにゃん、うーにゃんを連れて帰ってくれたのかな?律儀な千太のことだ。きっと率先して彼女達をのりままの所へ送り届けたに違いない。

役目を果たし、いよいよ今日は我家へ帰宅。

残念ながらジュサ坊はいないけど、きっと百幸と共にお気に入りのソファに寝そべったり、私のベッドの定位置で眠ったり、自由気ままにくつろぐことだろう。

何も用意できないけど、紅白緑のラクガンだけは買ってきた。お線香を上げて・・・あとは好きにしてね~!

普段あまり声を出さないか、出してもフィルターが掛かったように微かな声しか出さない幸四郎が、不思議に今日は良く鳴く。「千太兄ちゃんが帰ってきたよ!」って私に報告してるのだろうか。

お帰り、千太。

☆今日のニャンコ

「癒しの水曜」の定番は最初の御宅へ向かう途中で遭遇する美形仔ニャンズ・カルテット。いつも話題に出てくるあの美形ニャンズです。水曜日の朝。毎週、水曜日のこの時間にばったり出くわす。どうも私の出勤時間は彼らのトイレタイムらしい(笑)お向かいの駐車場兼原っぱにチョコチョコ走ってゆき、雑草のニオイをクンクン。すっごく綺麗な仔ニャンズ。痩せてないし、風邪も引いていないみたい。とっても綺麗!!ほんとに可愛い。


戦いすんで日が暮れて~♪ [千太組]

主役がいなくとも酒は飲めるぞ~♪って盛り上がってた宴会もやっとお開きのようです!

先ほどやっと最後のお客様がお帰りになりました~。

え?最後までとぐろ巻いてたお客人は誰かって?それはね~、東京で保護して熊本の両親の許ででっかく育ったペペという白猫です。千太より2歳年下。喧嘩はからっきし弱いけど生まれながらの気性の荒さでボス猫にまで登りつめたんだけど、縄張り争いの際、相手から受けた傷がもとで10年前に8歳という若さであっけなくこの世を去りました。両親も手を焼く荒くれ者だったけど、なぜか千太には懐いていて、千太が私と一緒に里帰りした時は待ってましたとばかりまとわり付いて2匹で仲良く遊んでました。千太が脱皮して、向こうでの感激の再会以来、いっつも一緒にいるらしいんだけど、今回は千太が自分を置いてさっさと先にあっちへ帰っちゃったもんだからちょっといじけちゃって・・・ひとり手酌で自棄酒飲んでましたのよ~σ(^◇^;)やれやれ・・・。

ベロベロに酔っ払って絡んでくるペペにタジタジになりながら、野郎3匹一致団結して最後までおもてなししてましたんで、ほれこの通り!ペペがやっとこさ千鳥足であっちの世界へ帰った途端、クタクタヘロヘロ~。

百寿幸。ホント、お疲れ様でした!今日はぐっすりお眠り!

寿幸は明日にはケロリと元気回復だろうけど、

百は足掛け4日酔い確実!


千太郎20歳。ただ今宴会真っ最ちう [千太組]

 

千太もいよいよ今日で20歳。

おめでとう、千太郎!!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。.:*:・'゜Happy Birthday!!。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★( ^-^)ノ∠※PAN!。.:*:・'°☆。.:*:・'°★°'・:*オメデトウ

今頃お前は嬉しそうにお喋りシッポピコピコさせて、仲間とお祝いしてることだろう。

今日はお前と一緒に飲もうと思ってね、熊本の銘酒「○少年」白生を買ってきたぞ!!

乾杯しよう!!

どうだ、美味いか?


ブログ・デビュー [千太組]

こんなガサツで面倒くさがりで短気な私が自分のページを持つなんてねぇ・・とうとうブログデビューです。

サイト名「千太組」は、千太郎と百次郎が会員になっている「老猫会」管理人moomamaが名付け親。今年19歳になった会長mooちゃんも千太と同じく腎不全。moomamaと日々闘っている。

千太組。千太親分の下、野郎共だけでなく自分も組員だって実感できるいい名前。とても気に入ってしまい、静止画像アルバム名だけでなく、とうとうこのサイトの名前にまでなってしまったよ~、moomama。いい名前をつけてくれてありがとう。

こんな重い腰を上げブログを立ち上げたのは、私と同じく今月20日に満1歳を迎えた3ニャン坊ジュサ坊の、動画と静止画像で綴る誕生日記念アルバム製作が切っ掛けだった。

いや待てよ。アルバム製作するにはデジカメがいるな。そのデジカメを購入したのは、moomamaの老猫会に千百コンビを入会させ、会員リストに写真が必要だったからだ。そもそも、リストに載せてもらうための写真は家にあったちょっとばかし若い頃の紙焼き写真をmoomamaに送り、向こうでスキャンしてもらおうと考えてたんだよな。でも、いつまで待ってもmoomamaからそれに対する返事が来ない。あ~、こりゃきっとデジタル映像で送んなきゃいけないんだ、と思ったから急遽デジカメ買いに、いつも利用してる近所の電気屋さんへ走ったんだよ。そうだ、そうだ、そうだった。

今回のブログ立ち上げの大元の切っ掛けを作ってくれたのは誰あろう、moomamaだ!!

私は仕事柄毎日、遅くとも6時半までには起きなくてはならないので、前の晩は遅くとも11時には床に就く。それなのに、この3日間ときたら、折角アルバム作るんなら野郎猫全員の完全版を!と、まるで何かにとりつかれたように、明け方5時まで記録の整理とアルバム公開の準備に明け暮れた。睡眠時間平均1.5時間(笑)

でも不思議に眠くない。仕事から帰宅すると食事を済ませ、即PCの前へ。

その時、野郎猫たちはというと、今年17歳になる百次郎はさすがに夜遅くまで付き合うことはなく、眠くなるといつの間にか暗いベッドルームに避難して爆睡。ここに千太がいたら眠そうな目をしながらも、きっと仕事場のソファで仮眠をとりながらずっと付き合ってくれてただろうなぁ。千太亡き今では寿幸コンビだけだ、完徹作業に付き合ってくれるのは。さすが若い!(でも、お願いだからキーボードの上で寝ないでおくれ!)とはいうものの、ちゃっかり者の幸四郎は、「俺も付き合ってやるぜ」という顔をしながら、たま~に百のいるベッドで爆睡してた。ということで、本当の意味でずっと私に付き合ってくれてたのは、ジュサ坊だけ。やっぱり、お前は無類のお猫善しだ。

彼らの「猫っぽい」熱烈応援のお陰で、やっとこの1年間の野郎共の記録を整理し、大好きな猫仲間達に見てもらえるまでの形にすることができた。

今年1月に脱皮した永遠のリーダー千太、千太に限りない愛情を注いだ百、今月20日に1歳になった優しいジュサ坊、ジュサ坊といつもつるんでるやんちゃな幸ちゃん。

実のところ、静止画像はいいとしても、千太の動画をネット公開するのには躊躇があった。デジカメ購入は彼が腎不全末期に差し掛かる昨年のこと。やせ衰えたズタボロの姿を公にしていいものか。動画は静止画像と違ってリアルで生々しい。悩む私の肩をポンと前に押し出してくれたのは、「ぎゃおす王国」管理人ひぴさん。彼女も王国の王様である愛猫のいっちゃんを腎不全で亡くしている。彼女の日記には私と同じ理由で最初いっちゃんの写真がなかったそうだ。しばらくして、いっちゃんの映像を注釈入りでUPしたそうだが、その注釈もいつしか消えた。彼女のサイトを訪れる人たちから、いっちゃんの映像に関しての賛辞はあっても何のクレームも出なかったのだ。そうだよね。たとえ姿はボロ(ごめんね、いっちゃん!)でも王様の最後まで病気と闘う姿は、王様が崩御された今でも尚、私を含めみんなに何かを訴え、伝え続けている。

これで決心がついた。最後まで毅然とした態度で病気と闘い、そして潔く19歳8ヶ月の猫生の幕を閉じた千太の雄姿をみんなに見てもらおう。

今のところ静止画像アルバムには問題はないようだが、様々な原因で千太を初めとする野郎猫たちの動画を見ることができる方と見られない方がでてしまう、とクリアしなければならない課題は残されたものの、やっと公開できる形にすることが出来たよ、千太。

でも・・どうしてだろう。こういうことするのに今まであんなに消極的だったのに。なぜ急にこんなことに?

千太が脱皮してもうすぐ4ヶ月。もしかすると、私にアルバム作りとブログを立ち上げるように仕向けたのは千太かもしれない。自分との思い出を、自分自身を、そして千太が愛した弟分たちを永遠に色あせない記録として留めておけって言ってるのか?そんなことしないでも、私の中の千太、そして百寿幸は心の中にいつまでも鮮明に残るだろうが、それでは彼は満足しなかったのかも。千太を愛してるのは私だけではないのだ。老猫会をはじめ多くのサイトで千太は今も愛され続けている。それは千太の類稀な猫格(はい、私は千太を崇拝しとります!)だけでなく、14年間もの長きに渡って腎不全と闘い、そしてあまりにも潔く(潔すぎるよ)その約20年間の猫生に幕を引いた男っぷりのよさ(はい、私は千太を神格化しとります!)をみんなが愛してくれてるから。彼らに千太自身を、そして彼の闘病生活をもっともっと深く知って欲しい。彼もそれを望んでいる。そのためには、心に訴える映像とそれを紹介する場所が必要だ。

PCやIT関連に全く疎い私にとって、今回のアルバム完成にこぎつけるまでには超がつくほど高いハードルを飛び越さねばならなかった。ジュサ坊の1歳記念動画アルバムはオリジナルのままmovでUPした。が、ここで容量の限界がきてしまったのだ。野郎猫全員の動画アルバムが作れない!さて、どうする。違う名前で会員登録して、更にもう一つアルバムを作ることは可能にしても、今のままmovでUPすれば、全員のアルバムなど不可能だ。PCに激しく疎い私に素晴らしいヒントを与えてくれたのは「猫の森」管理人のてれじあさん。彼女はこの道のプロだ。アルバム容量50MBで出来るだけ多くの動画をUPするには、我家のPCにインストしていたQTをQTproにアップグレード(シェアソフトで3600円)してデジカメ映像ファイル(mov)をMP4に変換しサイズダウンすればいいのだ。この方法で何とか全員のアルバムが完成!

早速、いつもお世話になっている方々の掲示板に各アルバムのURL入りで報告。頑張りすぎて一度に全部のアルバムを完成させちゃったから、と~っても長いお知らせになってしまった。ちょっとこりゃぁ、いくら何でもまずい!

こうなりゃ自分のサイトを立ち上げて、心置きなく色んなことを書き連ね、ついでにアルバムとリンクさせてもいいんじゃないか?いつまでも他の方のサイトを個人利用するのも気が引けるし(爆)ってなことで、思い立ったが吉日とばかりサッサとブログ立ち上げてしまった。やれば出来るじゃん!

ま、素人仕事なので内容はトホホですがね。これからは、ここを本拠地にして思う存分書きまくろうと思います。

どうしても公に出来なかった脱皮後の千太と弟分たちの姿もここでならお見せできるかな?と思ってます。本当はこの時の画像にこそ、これぞ「千太組」っていう素晴らしい姿が映し出されてるんですよ。おめぇら、凄いぞ!千太組ってぇのは本物の野郎共の集団だぜ!って感じ!かな?

いつか近い内に必ずこの場所にUPしますので、どうぞ「千太組」をご贔屓に、なが~い目で見てやってくださいませm(__)m

ま、しっかりやれや。


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